日本電産の永守重信会長兼最高経営責任者(CEO)は、オンラインでの決算説明会にて、今後3年で社員の平均賃金を3割増やす方針を示しました。
これまで独特のリーダーシップを発揮し、時価総額6.6兆円の大企業をゼロから作り上げた永守氏が言うことですから、多くのマスメディアが取り上げるのは無理もありません。特に永守氏は、「すぐやる。必ずやる。できるまでやる」と社員を叱咤(しった)激励するスタイルで知られていただけに、コロナ過で先行き不透明感が強まっている状況において、3割もの賃上げを実施する意向を表明したことは注目に値します。
一部報道は、日本電産のオーナー社長である永守氏が、社員への利益還元を重視し、社員のモチベーションを高めようとしていると解説しています。しかし永守氏は、社員のモチベーションのために大幅な賃上げを表明したのか、というと、そういうわけではなさそうです。
日本電産の業績を見ると、今年上半期(4-9月期)の営業利益は、前年同期比12%増となり、7-9月期の営業利益率は10%と、4-6月期の8%から上昇しています。おそらく今期の業績見通しが(ある程度)見えてきたことから、ある種の意表を突く形で賃上げを表明し、PR効果を狙ったようにも思えます。
あまり知られていないことですが、日本電産の給与水準は、同業他社に比べるとやや低い水準にあります。日本電産単体の平均年間給与は615万円(20年3月期)と、19年3月期の660万円から下がり、ここ数年は600万円台で推移しています。一方、日本電産と同じ業種(電子・自動車部品)の有力メーカーの年間平均給与は、デンソーが797万円、村田製作所が724万円と、日本電産より100万円以上も高い水準にあります。
日本電産グループは、21年春の大卒の内定者数を半減させる一方で、即戦力となる中途採用を増やしています。永守氏は、同じ決算説明会で、「大卒を育成するには5~10年かかる。一歩先に経営体制を変えることが大事だ」とも述べ、従業員の質(生産性やイノベーション能力)を引き上げていく重要性を示しています。
従業員の質を短期間で引き上げるためには、給与という経済面での処遇を高める必要性は高まっています。特に中途採用の割合を高めた以上、同業他社よりも低い給与で、同業他社よりも優秀な人材を採用することは、現実的な考えとは言えません。
永守氏は、大幅賃上げを表明した理由の一つとして、「現状ではグローバル競争に勝てない」と述べています。推測でしかありませんが、おそらく日本電産の現在の給与水準では、優秀なエンジニアやスタッフを確保することが難しくなっている可能性が考えられます。
ただ、業績が回復傾向にあるとはいえ、足元から賃上げをしてしまっては、最終利益を大きく減らしてしまうリスクも高まります。そこで永守氏は、3割という大幅な賃上げを「最終的には」実施する意向を表明し、採用候補者が思い描く将来所得(期待所得)を引き上げて、より優秀な人材を採用できる素地を作ったと考えることもできそうです。